車、特に古い車となるとその維持は想像を超えた苦労があるに違いない。

1931年に生産された、この6c1750 GSを初めて見たのは2000年9月の事だった、

まもなく70歳になるこの6cは、まるで昨日ポルテッロの工場から出てきたような美しさで

聞けば本当に数日前レストアからあがったばかりであった。

僕が幸運だと思うのは、初めて見た6cが自走して目の前に現れ、

しかもオーナー氏のご好意でハンドルを握ることを許されたと言うことだった。

遠慮を知らない僕も、さすがにこの時ばかりは辞退させていただいたが

押しの強いオーナーに薦められ、僕は覚悟を決めた。

戦前の車の常でABCペダルの位置が現代の車とは違っていた。

クラッチが左でブレーキは右、アクセルペダルは

ステアリング軸の付け根あたりの真ん中についている。

フットブレーキはフライホイールを締め付けるだけで、

制動が弱く、本気で止めたい時は太股のすぐ脇にある

ハンドブレーキを引っ張るように教えられた。

踏み応えのあるクラッチは半クラを使えないので、

オール・ノンシンクロのギアをそっと入れ、

頑固な爺さんを宥め透かして、説得するように走らせるのだ。

ところが何度試みても6cは発進をしてはくれず、

クラッチを踏んづける左足は次第に疲れてきた。

爺さんは、相当な頑固者で未熟な私には数メートルを走らせるのが精一杯だった。

その夜僕は、眠れない程興奮していた。

理由は『とんでもない車に逢えたこと』と

まともにスタート出来なかった悔しさからだった。

オーナー氏が教えてくれた操作のコツと手順は、

頭で理解出来ても現代の車にしか乗ったことが無い僕の体は、

すぐには反応してくれなかった。

 


昔々イタリアで行われた、

1000マイルを走破する自動車の運動会で、

優勝と云うヒストリーを持つこの車は、

現代の若造を一寸からかって、

格好良く立ち去って行った。

 


 

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